「スペクトラム(連続体)」という考え方
「スペクトラム(spectrum)」とは、「連続体」あるいは「範囲」と訳される言葉で、もともとは光学や物理学の分野で使われてきました。
そして現在では、この言葉は発達障害や精神医学の分野でも重要な概念となっています。
「自閉スペクトラム症(ASD)」について説明したページでも触れましたが、現在、世界的に広く用いられている診断基準は「DSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル)」です。
DSM-IV-TRでは、自閉症、アスペルガー障害、広汎性発達障害などは、それぞれ別の診断名として分類されていました。
しかし、その後の研究によって、これらは明確に区別できるものではなく、特徴の現れ方や程度が連続的につながっていることがわかってきました。
その考え方を反映し、DSM-5からはこれらを一つの診断名である「自閉スペクトラム症(ASD)」としてまとめ、現在のDSM-5-TRでもその考え方が引き継がれています。
それでは、自閉スペクトラム症を例に、「スペクトラム(連続体)」とはどのような考え方なのかを見てみましょう。
なお、下の図は診断基準を表したものではなく、「スペクトラム」という考え方をわかりやすく説明するために単純化した模式図です。

上の図では、「健常」から「強い自閉傾向」までが一つの連続した線でつながっており、「ここまでは軽度」「ここからは重度」といった境界線は描かれていません。
ここで大切なのは、「健常」と書かれている部分も、この連続体の中に含まれているということです。
つまり、自閉スペクトラム症でみられるような特徴は、「ある・ない」で分けられるものではなく、程度の違いこそあれ、誰もが何らかの形で持っている可能性があるという考え方です。
なお、この図で「健常」という言葉を使っているのは、自閉傾向の程度を説明するための便宜的な表現です。「障害がまったくない人」という意味ではありません。
これが、「自閉スペクトラム症」の「スペクトラム」という考え方です。
白か黒か、0か100か、「発達障害がある」「ない」と二分するのではなく、一人ひとりが異なる特徴を持ち、その違いは連続していると考えるわけです。
身長や体重、運動能力、記憶力などに個人差があるように、自閉傾向にも個人差があります。
そのため、「あの人は発達障害だ」「いや、そうではない」と単純に決めつけることは、本来あまり意味のある議論ではありません。
もちろん、診断そのものには大切な意味があります。
診断は、人を線引きするためではなく、その人に必要な支援や環境を考えるための大切な手がかりだからです。
その他の発達障害、例えばADHDや限局性学習症(SLD)についても、人によって特徴の現れ方や程度には大きな個人差があります。
それぞれの障害に診断基準はありますが、「連続体」という考え方は、それらを理解するうえでも参考になる視点だと思います。
現在では、発達障害だけではなく、多くの精神疾患についても、「白か黒か」ではなく、症状や特性を連続的に捉えようという考え方が広がってきています。
私は、この考え方が好きです。
白か黒か、0か100かではなく、私たちは皆、それぞれ異なる特性を持っています。
その違いを認め合いながら、困っていることがあれば必要な支援を受ける。
そんな社会になれば、「こちら側」と「あちら側」というような必要以上の線引きや偏見は、少しずつ減っていくのではないかと思っています。
