「カサンドラ症候群」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは医学的な正式診断名ではありませんが、ASD(自閉スペクトラム症)のある人との関係の中で、パートナーや家族が慢性的な孤独感や心理的負担を抱え、心身の不調をきたした状態を表す言葉として使われています。
特に、夫婦やパートナーのように日常生活をともにする関係では、コミュニケーションのすれ違いが積み重なり、大きなストレスとなることがあります。
なお、ASDの特性については、「自閉スペクトラム症(ASD)とは」のページをご覧ください。
ちなみに、「カサンドラ」という名前はギリシア神話に登場する王女に由来しています。
なぜ心身の不調が起こるのでしょうか
ASDのある人の中には、相手の気持ちや言葉の背景にある意図を推測することが苦手な人がいます。
また、自分にとって自然な考え方や行動が、相手にはどのように受け取られるかを想像しにくい場合もあります。
もちろん、これはすべてのASDのある人に当てはまるわけではありませんし、程度にも大きな個人差があります。
しかし、こうした特性が夫婦や家族という近い関係の中で繰り返されると、「気持ちをわかってもらえない」「何度説明しても伝わらない」と感じる場面が増えてしまうことがあります。
さらに、ASDのある人が仕事では高く評価され、社会的に活躍している場合には、周囲から
「家庭でも問題ないはず」
と思われやすく、パートナーのつらさが理解されにくいことがあります。
この「誰にもわかってもらえない」という孤立感が、心身の不調につながることも少なくありません。
こんな場面を想像してみてください
例えば、妻が食後のデザートとしてアイスクリームを二つ買っていたとします。
夕食を終えたあと、妻が
「アイスがあるから食べよう。」
と夫に声をかけました。
妻としては、夫が冷凍庫へ行くついでに、自分の分も持ってきてくれることを自然に期待しています。
ところが夫は、自分のアイスだけを持って戻ってきました。
もちろん、悪気があったわけではありません。
夫は、「アイスを食べよう」という言葉を、そのまま「自分がアイスを食べる」という意味で受け取っただけなのかもしれません。
一方で妻は、
「私のことは考えてくれないんだ。」
「どうしてこんなことがわからないんだろう。」
と感じてしまいます。
たしかに、この出来事だけを見ると、とても些細なことのように思えるかもしれません。
しかし、このような小さなすれ違いが何年も積み重なると、相手への信頼や安心感が少しずつ失われていくことがあります。
その結果、孤独感や抑うつ、不安などの症状につながる場合があります。
「誰が悪いか」ではなく、「何が起きているのか」
このような問題を考えるときに大切なのは、「どちらが悪いのか」という視点ではありません。
ASDのある人には、その人なりの認知の仕方やコミュニケーションの特徴があります。
一方で、その特性によって長年苦しんできたパートナーのつらさも、決して軽く考えてはいけません。
どちらか一方だけが悪いという話ではなく、お互いの理解のずれが積み重なってしまうことが問題なのです。
まずは、「そういう特性があること」と、「その影響で家族が苦しむことがある」という両方を理解することが大切だと思います。
どのように対応すればよいのでしょうか
状況によって対処法は異なりますが、一般的には次のような方法が考えられます。
・ASDについて正しく理解する
・夫婦や家族でコミュニケーションの取り方を見直す
・一人で抱え込まず、信頼できる人や専門家に相談する
・必要に応じてカウンセリングを利用する
・同じような経験をしている人の話を聞ける自助グループを利用する
ASDのある本人に受診や相談を勧めることも一つの方法ですが、本人に困り感がない場合には難しいことも少なくありません。
そのようなときは、まずパートナーや家族だけでも相談機関を利用することに意味があります。
また、ASDのある人の中には、物事を論理的・具体的に考えることを得意とする人もいます。
そのため、「なぜ相談する必要があるのか」「相談するとどんなメリットがあるのか」を具体的に説明することで、話し合いに応じてもらいやすくなる場合もあります。
もちろん、これもすべての人に当てはまるわけではありません。
一人ひとりの特性や状況に応じて考えていくことが大切です。
必要に応じて距離を置くことも選択肢の一つです
関係を続ける努力はとても大切です。
しかし、心身の健康が大きく損なわれている場合には、一時的に距離を置くことが必要になることもあります。
大切なのは、感情的に相手を責め続けることでも、自分だけが我慢し続けることでもありません。
一人で抱え込まず、必要な支援を受けながら、自分自身の心の健康も大切にしてください。
家族全体を見るという視点
発達障害について考えるとき、支援の対象は本人だけではありません。
本人が安心して生活するためには、家族も安心して生活できることが大切です。
私は、発達障害を「本人だけの問題」として考えるのではなく、家族全体の関係や生活を含めて考えることが大切だと思っています。
誰か一人が悪いわけではありません。
それぞれが抱えている困りごとを理解し合い、必要な支援を受けながら、少しずつより良い関係を築いていくことができればと思います。
